グリセミックインデックス(GI)がどのようなものであるかは、前回の説明で一応はお分かりいただけたかと思います。原理的には、GIという考え方は、特に血糖値の上昇が問題になる糖尿病や肥満において有効であるようにみえます。
しかし、食品に対する血糖値の変化は極めて個体差が大きく、一概に決められるものではないという反論*1があります。また仮に反応の個体差がなかったとしても、GIは食品の調理法によって異なり複雑であるため、実施が困難であるという批判もあります。これは、研究レベルにおいても同様であり、疫学調査では、従来の食事調査法が、食品をGIによってグループ分けしていないので、その再分類から始めなければならず、そこが完全でなければ結果も不確かになるという問題を抱えています。介入研究でも、すべての食事が提供されることは稀であり、通常は栄養指導によって低GI食を食べるようにしてもらうわけですから、その指導を対象者が正確に理解しなければうまくいきません。
そればかりが原因というわけではもちろんないでしょうが、実際、多くの研究が、GI、GLと様々な疾患(特に2型糖尿病)の発症リスクとの関係についての結果を報告していますが、現在のところ一致した結論には達していません。ここにもダイエット研究の多くにみられるような、原理と現実の不一致が存在するのです。
ここでは、GIが有効であるという論文と無効であるという論文をいくつか(かならずしも代表的なものではありません)とりあげて解説します。
高GI食は糖尿病リスクを高める、という観察研究
ここでは、比較的最近の大規模疫学研究を3件ご紹介しますが、どれも高GIあるいは高GL食が2型糖尿病のリスクを高めることを報告しています。高GI(GL)がリスクを高めるということは、逆に、低GI(GL)食ではリスクは低下するということです。ただ、観察的研究では、因果関係はかならずしも明らかでないので注意が必要です。
論文1
2013年に発表された英国リーズ大学の研究チームによる総説*2が、それまでに報告されたGIとGLの2型糖尿病リスクに対する関係についての観察的研究(コホート研究)をまとめています。メタ分析の結果、GIが5高まると2型糖尿病発症の相対リスクは、1.08高まり、GLが20高まると1.03高まることがわかりました。
論文2
翌2014年には、今度は米国ハーバード大学の研究チームが、30年にわたる3つの大規模疫学研究のデータを元に、GIとGLの2型糖尿病リスクとの関係について報告*3しました。これらのデータは、380万人年という膨大な追跡期間を持つもので、途中1万5千人が2型糖尿病を発症しました。データ解析の結果、食事のGIが最も高い群(高GI群)では最も低い群(低GI群)に比べて、糖尿病リスクは33%(1.33)高まることが明らかになりました。同様に、高GL群は、低GL群に比べて糖尿病リスクは10%(1.10)高まったということです。
論文3
日本でも国立がんセンターの津金らの研究グループが、2013年の研究で、2万8千人の男性と3万7千人の女性(45-75歳)を5年間追跡調査した結果、女性については最もGLの高い食事をしていた群(高GL群女性)は、最も低いGLの食事をしていた群(低GL群女性)と比べて、2型糖尿病の発症リスクが1.52倍に高まったことを報告*4しています。
高GI食は糖尿病リスクを高めない、という観察研究
こちらも比較的最近の観察研究をいくつかご紹介します。こちらの報告ではすべてGI、GLが2型糖尿病リスクを高めないことを報告しています。
論文1
2013年オランダ・ユトレヒト大学の研究チームは、欧州の8か国にわたる大規模コホートにおける症例対象研究*5で、高GI(GL)症の摂取は2型糖尿病リスクを高めるかもしれないが、それは以前に報告されたものに比べればかなり低いものだと報告しました。
論文2
2007年英国ユニバーシティコレッジロンドンの研究チームは、7,300人を対象にした研究*6において、低GI(GL)食が2型糖尿病の保護効果をもつということは確認できなかったと結論付けました。
論文3
2011年オランダのヴァーヘニンゲン大学の研究チームは、4,400人を対象とした研究において、GIは、2型糖尿病のリスクと関係がなく、高GI食が2型糖尿病のリスクを高めるという以前の報告はありそうにない、と結論づけています。
高GI食は心血管系疾患のリスクも高める、という観察研究
心血管系疾患とは、冠動脈疾患(心筋梗塞)と脳卒中(脳梗塞、脳出血)などの心臓と血管が関係する致命的な疾患のことをさします。中国と豪州の共同研究チームは、2012年にGI、GLと冠動脈疾患、脳卒中の発症リスク、死亡リスクとの関係を調べた観察研究の系統的レビューとメタ分析の論文*7を『プロスワン』誌に発表しました。
15件の観察研究が見つかり、そこには44万人近い参加が含まれていました。参加者の9,424人が冠動脈疾患を発症し、2,123人が脳卒中を、また342人は脳卒中によって死亡しました。このデータをメタ分析の手法によって再解析した結果、明らかな男女差が認められました。高GL食は、女性の冠動脈疾患の発症リスクを1.49倍に高めましたが、男性のリスクは、1.08とほとんど高めませんでした。発症リスクは肥満者でより高かったということです。さらに、高GL食は、脳卒中のリスクも1.19倍に高めました。GIに関しては、冠動脈疾患の発症リスクとの弱い関連がみられましたが、脳卒中との関連は見られませんでした。
これに関しても、糖尿病同様にいくつかの反論があります。例えば、イタリアの研究チームは、2010年に欧州の48,000人を含む大規模コホート研究の結果を解析*8し、高GL食の影響は女性のみ見られ、男性にはみられないとしています。また米国ベス・イスラエル女性奉仕団医療センターのチームは、2007年の研究*9において、36,000人のスウェーデン人集団を対象にしたコホートのデータを解析し、高GI(GL)症は冠動脈疾患や総死亡率と関係がないとしています。ただし、脳出血との関連はみられたということです。
低GI食は疾患リスクを低減しない、という介入研究
観察研究というのは、ある集団を10年20年と追跡調査するもので、特に何か特別な食事(例えば「低GI食」)を食べるように食事指導したり、実際に低GI食を供与したりして、その効果を調べたものではありません。そのため、行動のある1点のみを変化させる「介入研究」に比べて、交絡因子の影響を完全には排除できないという欠点があります。
介入研究では、参加者をランダムにいくつかのグループに振り分けて、各々に異なる食事をしてもらって、その効果を観察しますから、対象者が充分に多ければ、各グループの特性は、介入項目以外は平均するとまったく同じになります。つまり介入項目以外の影響が最初から取り除かれているので、介入(この場合は「低GI食」)の効果だけを観察できることになります。
低GI(GL)食についても、多くの介入研究がこれまで実施されてきました。こちらも結論はでていません。ここではGI(GL)には効果がみられない、とする最近の介入研究を2件ご紹介します。
論文1
2014年米国ジョンズ・ホプキンス大学のローレンス・アペル博士とハーバード大学のフランク・M・サックス博士は、ボルチモアとボストンにおいて食品のGI値の心血管系疾患と糖尿病予防に対する効果を調べる介入試験を行った結果を『JAMA(米国医学会誌)』に発表*10しました。
介入に際しては、総エネルギー量は同じで、炭水化物量が多い食事と少ない食事のそれぞれについて、GI値が高い食事と低い食事の全部で4種類の食事が設定されました。対象者は過体重で正常血圧の163名で、ランダムに4種類のうちの1つを割り当てられて、1日1食を研究センターで食べて残りの2食は自宅で食べ、5週間後に食事の種類を交換しました。生化学検査として、血圧、インスリン感受性および、心臓の健康の指標である血中脂質の“善玉”のHDLコレステロールと“悪玉”のLDLコレステロールを測定しました。
データ解析の結果、GI値の高い食品と低い食品で統計的に有意な違いはなく、心疾患のリスク因子や糖尿病予防に対する効果も見られないことがわかりました。対象者の51%は女性でアフリカ系アメリカ人も52%含まれていたので、「この結果は多くの人に関係する」とアペル博士は述べています。
さらに、「低GI食品と体重コントロールについての論文を詳細に調べたが、低GI食品が体重を減量して維持するのに効果的だったという根拠には一貫性がない。肥満の原因やその対処法について、GIだけに注目するのはよろしくない。よく知っている基本に戻ればよいのだ。砂糖添加の飲み物は避ける。果物や野菜、全粒穀類を食べる。甘いもの、塩分、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸は避ける。こういった生活をしている人が恩恵を受けられるのである」と博士は附言しています。
論文2
2013年に米国タフツ大学の研究チームは、ランダム化対照臨床試験のレビュー結果を報告*11しています。文献検索の結果、最低4週間以上の介入によってGIとGLが心血管系疾患の発症リスクに及ぼす影響を調べた介入研究が5件見つかりました。データ解析の結果、意外なことに、低GI(GL)食が高GI(GL)食に比べて空腹時血糖を有意に高めたことが2件の研究で報告されていました。全体としてGIとGLが心血管系疾患のリスク因子に及ぼす影響には論文によって違いがあり、一貫性を見出すことができなかったと研究チームは結論づけています。
ここまでのまとめ
結局、GIとGLが疾患リスクを高めるのか高めないのか、結論はでていません。
観察的研究では、賛成派の論文のほうが、大規模なものが多く、また反対派のものも一部は肯定しているものもあり、高GI(GL)食が疾患(特に糖尿病)リスクを高める可能性は否定できないと思います。
介入研究は、一般に観察的研究よりも信頼性は高いといわれていますが、現在までの報告だけでは全く不十分です。『JAMA』に掲載された2014年の論文では、総摂取カロリーが決められているだけでなく、基本の食事自体が(解説だけではよくわからないかもしれませんが)かなり健康的と思われる構成になっているので、それらの健康効果を上回る違いがGIとGLにはみられなかったという意味であり、もうひとつの介入研究のレビューの方には、効果があったという論文も含まれるわけですから、まったく無意味というわけではないかもしれません。
高GI(GL)食が食後の血糖値を(個人差はあれ全体としてみれば)高めることは実験的に証明されているわけですから、食後高血糖を避けたい人は、低GI(GL)食を心がけるのは無駄ではないと思います。
次回はいよいよ減量に対するGIの効果を検証した論文についてです。
参考文献
*1 http://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(15)01481-6
*2 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3836142/
*3 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4144100/
*4 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4029149/
*5 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23190759/
*6 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17921375/
*7 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3527433/
*8 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20386010/
*9 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17556687/
*10 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4370345/
*11 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3705335/
Author Profile
- 薬学博士
- 専門は栄養学。科学的根拠に基づいた栄養知識の普及啓発に努めています。
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